宣長の歩く力。

宣長のすごいところは歩くことにあると思います。 歩く。それも一日中。それは彼が小児科の歩く医者であったからであるという。 歩いて、診察するのです。診察が終わって帰ってきて、ようやく自分の研究や講義をする。 研究や講義の背景には歩いたということと関係があるのかもしれません。 きっとただ歩くのではなく、考えながら、思…

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朝鮮朱子学に対する反発。

のりながはどうしてカラ心を排斥したのだろうか。私の思い付きですが、朱子学に対する、特に朝鮮の朱子学が日本に入ってくることを恐れたのではないでしょうか。結局朝鮮を意識していたと思うのです。その当時もいまでいう韓流のようなものがあった。それが朱子学という韓流である。

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宣長と邪馬台国

宣長は邪馬台国をどのように考えたのであろうか。 いまだに論争が続く邪馬台国。 彼は熊襲が日本と偽って中国に朝貢したという。 面白い考えである。 ある意味とても考証的だと思われる。 無条件に邪馬台国があるとかないとかどこだとかではなく、 邪馬台国だけを見るのでなく、天皇を中心とした世界観をもとに …

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